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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)230号 判決 1996年8月15日

新潟県加茂市大字後須田2570番地1

原告

東芝ホームテクノ株式会社

同代表者代表取締役

今西正一

同訴訟代理人弁理士

牛木護

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

津野孝

吉野日出夫

小原英一

幸長保次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成5年審判第4472号事件について平成5年11月2日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年2月28日名称を「スチームアイロン」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第39333号)したところ、平成5年1月21日拒絶査定を受けたので、同年3月11日審判を請求し、平成5年審判第4472号事件として審理されたが、同年11月2日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年12月6日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ベースを有するアイロン本体と、このアイロン本体に着脱自在に設けられた給水タンクと、前記ベースに形成した気化室と、前記アイロン本体内に収納され、前記給水タンクの水を導く通水路の水を前記気化室に一定水量送水する電動ポンプとからなり、前記電動ポンプは、プランジャを前記気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドを前記ベースから離間して設置し、かつ前記通水路を前記アイロン本体に形成したことを特徴とするスチームアイロン(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和59年特許出願公開第177100号公報(以下「引用例」という、別紙図面2参照)には、ベースを有するアイロン本体と、このアイロン本体とは別体に設けた水タンクと、前記ベースに形成した気化室と、この気化室へ前記水タンクから水を供給する給水装置と、この給水装置の給水量を加減する制御装置とを備えたスチームアイロンが図面とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンにおける給水装置21は、水タンク11の水を給水管20を通して気化室16に供給する電磁ポンプよりなることが記載されており、また、この電磁ポンプは、第3図の回路図、及び一般的な電磁ポンプの形態(例えば、昭和39年実用新案出願公告第18306号公報、昭和42年実用新案出願公告第7827号公報、昭和51年実用新案出願公開第13005号公報参照)からみて、プランジャを上下に移動制御するソレノイドを有しているものと解釈される。

(3)  ところで、ベースを有するアイロン本体と、このアイロン本体に着脱自在に設けられた給水タンクと、前記ベースに形成された気化室と、前記アイロン本体内に収納され、前記給水タンクの水を導く通水路の水を前記気化室に一定水量送水するポンプとからなるスチームアイロンは、本出願前、周知(例えば、昭和57年特許出願公開第131500号公報、昭和57年特許出願公開第131499号公報参照)であるから、

本願発明で特徴とするところは、この周知のスチームアイロンにおいて給水タンクの水を気化室に送水するポンプとしてプランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置した電動ポンプを用いること、及び通水路をアイロン本体に形成したことであるが、

一般に、プランジャをポンプ室に向けて上下に移動制御するソレノイドを有している電動ポンプを電磁ポンプと称しており、このような電磁ポンプが有しているソレノイドによってその制御に熱的影響が生じ易いことは、ポンプの取り扱い方として普通に知られており、また、スチームアイロンにおいて給水タンクの水を気化室に送水するポンプとして電磁ポンプを用いることは前記引用例に記載されているので、周知のスチームアイロンにおけるポンプとして前記引用例記載の電磁ポンプを採用して、本願発明のようにプランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置することは、熱的影響を考慮して、本出願前に当業者が容易になし得た程度のことであり、

また、アイロンを構成する部材を配設する際に、アイロン装置全体としてのコンパクト化を図ることは、その使い勝手をみながら当業者が設計上当然に配慮すべきことであるから、前記周知のアイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路を、本願発明のようにアイロン本体に形成することには、格別の創意工夫は見いだせない。

しかも、本願発明は、前記周知の技術的事項、及び前記引用例記載の発明が奏する作用効果の総和以上の格別な作用効果を生じるものではない。

(4)  したがって、本願発明は、前記周知の技術的事項、及び引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものと認められるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)は認める、(2)のうち、引用例の記載事項は認めるが、その余は争う、(3)のうち、本願発明の特徴とするところは認めるが、その余は争う、(4)は争う。

審決は、引用例記載の技術内容を誤認し、周知事項の認定を誤り、その結果本願発明は引用例記載の発明及び周知事項に基づいて容易に発明をすることができたと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(引用例記載の技術内容の誤認)

審決は、引用例に記載された電磁ポンプは、「プランジャを上下に移動制御するソレノイドを有しているものと解釈される。」と認定した。そして、その根拠として、引用例の第3図の回路図、及び一般的な電磁ポンプの形態として、昭和39年実用新案出願公告第18306号公報(本訴甲第4号証)、昭和42年実用新案出願公告第7827号公報(本訴甲第5号証)、昭和51年実用新案出願公開第13005号公報(本訴甲第6号証)を例示した。

しかしながら、引用例においては、電磁ポンプについては記載されているものの、その具体的構造、すなわちプランジャを上下に移動制御するソレノイドを有している点については何ら記載されていないばかりか、示唆すらない。

本願発明は、ベースからの熱的影響を極力防止して、電動ポンプが常に安定して動作し、適正量のスチームを安定させて発生することができるようにするために、プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置しているのである。これは、スチームアイロン等の熱的影響を及ぼし得るものに特有の問題点を解消するためである。

したがって、電磁ポンプにおいてプランジャを上下に移動制御する周知技術をいくら示したところで、本願発明のように、ベースからの熱的影響を極力防止して、電動ポンプが常に安定して動作し、適正量のスチームを安定させて発生することができるようにするためのプランジャの移動制御の方同に関し何ら記載も示唆もされていない引用例や前記甲号各証をもって、電磁ポンプは、プランジャを上下に移動制御するソレノイドを有しているものと解釈されると認定したことは、誤りである。

被告は、本訴において、さらに、乙第6号証ないし乙第9号証を提出して、電磁ポンプにおいてプランジャ等を上下に移動制御する設計はきわめて一般的であることを示したが、これによっても、上記の点に誤りがあることに変わりはない。

また、甲第4号証、甲第5号証記載のプランジャは上下に移動制御するものであるものの、甲第6号証のプランジャは、上下ではなく左右方向に移動するものである。このように、審決には、引用例記載の技術内容の認定及びこれに関連した一般的な技術事項の認定に誤りがある。

(2)  取消事由2(周知事項の認定の誤り)

審決は、「アイロン本体内に収納され、前記給水タンクの水を導く通水路の水を前記気化室に一定水量送水するポンプとからなるスチームアイロンは、本出願前、周知である」と認定し、その根拠として、昭和57年特許出願公開第131500号公報(本訴甲第7号証)、昭和57年特許出願公開第131499号公報(本訴甲第8号証)を例示した。

しかしながら、甲第7号証、甲第8号証に記載されたスチームアイロンにおいては、いわゆる気泡ポンプがアイロン本体内に設けられているというよりは、着脱可能な給水タンク、特に給水タンクの底面に取付けられているものである。

したがって、審決における上記周知事項の認定は、誤りである。

被告は、本訴において、新たに乙第1号証を提出するが、新たに提出された乙第1号証で周知であるのであれば、審決における甲第7号証、甲第8号証による周知事項の認定は誤りであったといわざるを得ず、審決に取消事由が存することは明瞭である。

なお、付言するならば、本願発明と乙第1号証記載の発明とでは、後述するように通水路の機能等が明らかに異なっており、かかる機能的に相違する本願発明の構造を乙第1号証の記載により周知の技術事項であるとする被告の主張自体到底認めることのできないものである。

(3)  取消事由3(進歩性の判断の誤り)

<1> 審決は、「プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置することは、熱的影響を考慮して、本出願前に当業者が容易になし得た程度のこと」であると判断した。

そして、その根拠として、電磁ポンプが有しているソレノイドによってその制御に熱的影響が生じ易いことは、ポンプの取り扱い方として普通に知られていることをあげている。

しかしながら、この技術事項に関しては、審決において例示された引用例及び甲第4号証ないし甲第8号証には、全く示されていない。

すなわち、引用例には、「11はアイロン本体12とは別体に設けた水タンクでアイロン置台13の上面端部に設けてある。…18はアイロン本体12とアイロン置台13とを接続するコードでヒータ15に通電する導線19と気化室16への給水管20とを一体化して編組してある。21は水タンク11の水を給水管20を通して気化室16に供給する電磁ポンプあるいはモーターを利用したポンプ等よりなる給水装置、22は水タンク11と給水装置21とを接続する接続パイプ、」(2頁左上欄10行ないし右上欄3行)と記載されていることから明らかなように、アイロン本体と別体に給水装置が設けられたものであり、また、甲第4号証には電磁燃料ポンプの構造、甲第5号証には電気式燃料ポンプの構造、甲第6号証には電磁往復動機の構造が、甲第7号証、甲第8号証には気泡ポンプを設けたスチームアイロンが記載されているにすぎず、したがって、引用例及び上記甲号各証には、スチームアイロンにおいて、プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置することは何ら記載されていないばかりか、示唆すらない。

<2> 被告は、電磁ポンプを加熱装置から隔離して設置することが周知事項であることを補足するために、本訴において、乙第2号証、乙第3号証を例示し、「一般に、熱的影響を受け易い電気的制御機構を加熱機構から隔離して設置することは、例えば、乙第2号証、乙第3号証等に記載されたアイロンにおける電気的制御機構の配置場所にみるごとく、普通に知られていることである。」と主張している。

しかしながら、乙第2号証記載の発明において、空気ポンプ28は、タンク6内に空気を圧送し、タンク6内の空気圧力を上昇させるためのものであるから、タンク6内の水面の上限位置より上側にパイプ29が配設されているのである。また、空気ポンプ28がこのパイプ29の上側に配設されているのは単なる設計上の都合である。スイッチ27については、アイロンを操作しながらオンまたはオフできるように把手の近くに釦24を設けたからにすぎない。このように、乙第2号証記載の発明において、空気ポンプ28が上側に配設されているのは、熱的影響の排除を意図したものとは認められない。

また、乙第3号証記載の発明においては、水タンク9の底部にノズル10が設けられており、このノズル10を上下動作により開閉するニードル弁11が水タンク9を貫通するようにして設けられ、ニードル弁11を直接的に操作するためプランジャ13、バネ14及びソレノイド15が水タンク収納部6上に配設されている。すなわち、乙第3号証記載の発明において、プランジャ13、バネ14及びソレノイド15がアイロンベース1から離間して設けられているのは、水タンク6を貫通するニードル弁11を直接的に操作するためであり、熱的影響の排除を意図して水タンク収納部6上に設けたものとは認められない。

このように、一般に、熱的影響を受け易い電気的制御機構を加熱機構から隔離して設置することは、乙第2号証、乙第3号証記載の発明から普通に知られているところであるとする被告の主張は、到底認められるものではない。

また、審決において引用した甲第3号証ないし甲第8号証では、電磁ポンプを加熱機構から隔離して設置することの記載は認められないのであるから、本訴において、新たに前記乙号各証を提出し、これらの記載に基づき周知事項として主張するのは妥当性を欠くといわざるを得ない。

<3> 本願発明においては、電動ポンプを縦配列構成とし、ソレノイドをベースから離間して配置する構成にして、ベースからの熱的影響を極力防止して、電動ポンプが常に安定して動作することができるのである。したがって、気化室に常に一定水量の送水ができ、スチームアイロンの性能として重要であるスチームを適正量安定して発生できるという格別な作用効果を奏することができる。

<4> 以上のとおりであるから、本願発明におけるスチームアイロンにおいて、プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置することは、当業者が容易になし得た程度のことであるとする審決の認定判断には、誤りがある。

(4)  取消事由4(進歩性の判断の誤り)

<1> 審決は、「周知のアイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路を、本願発明のようにアイロン本体に形成することには、格別の創意工夫は見いだせない。」と判断している。そして、その根拠として、アイロン装置全体としてのコンパクト化を図ることは、その使い勝手をみながら当業者が設計上当然に配慮すべきことであることをあげている。

しかしながら、この技術的事項に関する引用及び例示は、審決には全く示されていない。

すなわち、引用例記載の発明は、引用例の「11はアイロン本体12とは別体に設けた水タンクでアイロン置台13の上面端部に設けてある。」との記載から明らかなように、アイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンではなく、甲第4号証には電磁燃料ポンプの構造、甲第5号証には電気式燃料ポンプの構造、甲第6号証には電磁往復動機の構造が記載されているにすぎない。さらに、甲第7号証、甲第8号証には、気泡ポンプが、アイロン本体内に設けられているというよりは、着脱可能な給水タンク、特に給水タンクの底面に取り付けられているにすぎず、給水タンクから気化室に水を導く通水路をアイロン本体に形成することが記載されていないばかりか、示唆すらない。

これに対し、本願発明においては、給水タンクをアイロン本体に対して着脱自在に設けるとともに、その給水タンクから気化室に水を導く通水路をアイロン本体に形成し、これによりアイロンのコンパクト化を図ることができるという作用効果を奏することができるのである。

<2> 被告は、アイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路を、本願発明のようにアイロン本体に形成することが周知事項であることを補足するために、本訴において、乙第1号証及び乙第4号証を例示し、「一般に、給水タンクを着脱自在に設けたスチームアイロンにおいて、給水タンクから気化室に水を導く通水路をアイロン本体に形成することは、例えば、乙第1号証、乙第4号証等に記載されたスチームアイロンのアイロン本体に形成された、給水タンクから気化室に水を導く通水路にみるごとく、給水タンクを着脱自在に設けたスチームアイロンの技術分野において周知の技術常識である。」と主張している。

しかしながら、乙第1号証記載の発明におけるスチームアイロンには、給水タンクと気化室とを連通する通水路がなく、本願発明とは構造が相違する。すなわち、同号証において通水路たる管12は、熱ポンプたるボイラー10と気化室3とを接続し、ボイラー10から吐き出された水を気化室3に供給するためのものであって、本願発明の通水路は、給水タンクと電動ポンプとを接続し、電動ポンプに水を導くためのものであるから、両者は、その機能的構造が明らかに相違する。被告は、連結パッキン11が通水路であると主張するが、同発明における連結パッキン11は、推測するに逆止弁7とボイラー10とを連結するためのものであるが、パッキンとは一般に「気密・水密のために設けられる漏れ防止機能を有するもの」であり、連結パッキン11自体が通水するための機能を発揮するか、そうでないかは、その内部構造等も参酌しなければ判断できるものではなく、同号証の記載から連結パッキン11が「水路を形成して水を通すためのもの」であると決めることはできない。同号証には、連結パッキン11の詳細について何ら開示も示唆もなされていないうえ、連結パッキンと通水路とは機能的にも構造的にも相違するのが普通である。

また、乙第4号証記載の発明における通水路たる導水体12では、水タンク2が設置されると通水口13が開放するため水が一杯に充填されるものであり、そして、滴下ノズル28から必要量ずつこの水を蒸発室8に滴下させるとその分だけ水タンク2から水が補充される。しかしながら、同号証のスチームアイロンは電動ポンプを有しない。本願発明において、通水路は給水タンクの水を電動ポンプに導くためのものでありノズル孔から水を自然落下させてヒータが設けられた発熱ベースの気化室に供給した際の水量制御の困難性の改善を目的の1つとするものである。したがって、電動ポンプを有しない同号証のスチームアイロンに通水路があったとしても、この通水路はかかる電動ポンプにおける困難性の改善を達成するはずはなく、電動ポンプを有しない同号証のスチームアイロンは、その前提となる基本的構成が相違するものである。

このように、アイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路をアイロン本体に形成することは、乙第1号証及び乙第4号証の記載から周知の技術であるとする被告の主張は到底認められるものではない。

また、審決において引用した甲第3号証ないし甲第8号証では、給水タンクから気化室に水を導く通水路をアイロン本体に形成することの記載は認められないのであるから、本訴において新たに前記乙号各証を提出し、これらの記載に基づいて周知事項の主張をするのは妥当性を欠くといわざるを得ない。

<3> 以上のとおりであるから、アイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路を、本願発明のようにアイロン本体に形成することには、格別の創意工夫は見いだせないとした審決の認定判断は、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(引用例記載の技術内容の誤認)について

引用例には、「23は給水装置21の給水量を加減する制御装置で、例えば、給水装置21が電磁ポンプである場合にはシリンダの往復回数を変化させ、…」(2頁右上欄3行以下)と記載されているように、電磁ポンプはシリンダの往復動によって給水する装置であり、このようなシリンダの往復動をする給水装置の典型的なものがプランジャの往復動により作動する供給装置であって甲第4号証ないし甲第6号証で示されたものである。

そうすると、引用例記載の電磁ポンプには、その明細書及び第3図からみて、その設置方向について上下左右のいずれの方向にも特定されていないが、引用例記載の電磁ポンプには、プランジャを上下に移動制御するソレノイドを有するようなポンプ構造と設置方向を備えたポンプ形態も含まれている。

なお、原告は、甲第6号証で示されたポンプは、プランジャが上下方向ではなく、左右(前後)方向に動くものであるから、電磁ポンプはプランジャを上下に移動制御するソレノイドのみとはいえないとしているようであるが、同号証の電磁往復動機は、左右方向のみに動かすものに限定されているわけではなく、上下に移動制御するソレノイドのものも含まれている。

なお、電磁ポンプの形態として、引用例記載の発明のように流入口から流出口に至る水平な流路を有する電磁ポンプにおいては、往復動するプランジャ、シリンダ等の部材を流路に対して垂直な上下方向に設けることが、流路と同方向に設けることに比べて、その設計構造上、きわめて一般的であることは、乙第5号証ないし乙第9号証をみても明らかである。

このように、審決で「電磁ポンプはプランジャを上下に移動制御するソレノイドを有しているものと解釈される。」とした認定に誤りはない。

(2)  取消事由2(周知事項の認定の誤り)について

「ベースを有するアイロン本体と、このアイロン本体に着脱自在に設けられた給水タンクと、前記ベースに形成された気化室と、前記アイロン本体内に収納され、前記給水タンクの水を導く通水路の水を前記気化室に一定水量送水するポンプとからなるスチームアイロン」は、例えば、乙第1号証(昭和57年特許出願公開第64100号公報)にみるごとく、本出願前、周知であり、このようなスチームアイロンを周知の技術的事項であるとした審決の認定に何ら誤りはない。

すなわち、乙第1号証には、「気化室を有するベースとこのベース上に取付けたタンクと、前記気化室で生成したスチームを前記ベースのかけ面のスチーム孔に導くスチーム通路を備えたものにおいて、前記ベース上にボイラーを取付け、このボイラーと前記タンクとを逆止弁を介して連接し、前記ボイラーと気化室間を管で接続しこの管はその途中を前記ベースより上方に位置させてなるスチームアイロン」(特許請求の範囲、1頁左下欄5行ないし13行)が図面(別紙図面3参照)とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンの具体的構造として、ベース1上に着脱自在なタンク6、ベース蓋9上に密接して取付けたボイラー10、把手5内空間に装置されボイラー10と気化室3を連通した管12等が示され、そして、ボイラー10は一種の熱ポンプとして作用し、水を送水管12aに送り出すことで負圧になればタンク6から水が落ち、順次この動作を連続して気化室3へ安定して給水されることが示されている。

(3)  取消事由3(進歩性の判断の誤り)について

一般に、熱的影響を受け易い電気的制御機構を加熱機構から隔離して設置することは、例えば、乙第2号証(昭和49年特許出願公開第57194号公報)、乙第3号証(昭和59年特許出願公開第222199号公報)等に記載されたアイロンにおける電気的制御機構の配置場所にみるごとく、普通に知られていることである。

すなわち、乙第2号証には、「上部空間部は空気ポンプ28に連通すると共に下部は孔9、水の通路38を介し、タンク6の水位より上部に位置するオリフィス15を介して気化室3に連通するタンク6を設けたスチームアイロン」(特許請求の範囲、1頁左下欄4行ないし8行)が図面(別紙図面4参照)とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンの具体的構造として、スイッチ27により空気ポンプ28の作動を制御することが示されている。

また、乙第3号証には、「スチームアイロン」が図面(別紙図面5参照)とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンの具体的構造として、アイロンベース1の上部には前方に水タンク収納部6、後方に把手7を有する回路部品収納部8が装着されていることが示されている。

一般に、ソレノイドを有する電磁ポンプも電気的制御機構の1つであるから、電磁ポンプが有しているソレノイドによってその制御に熱的影響が生じ易いことは、ポンプの取扱い方として普通に知られていることである。

スチームアイロンがアイロンベースを加熱するヒータを有している以上、アイロンベース以外の部材はこのヒータの影響を受け易く、例えば、把手部、制御部等に対するのと同様に、水を送るためのポンプに組み込まれているソレノイドに対してその熱的影響をできるだけ排除するように設計しなければならないことは、当業者が当然に配慮しなければならないことである。

したがって、審決認定の周知事項に基づいて、プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置することは当業者が容易になし得る程度のことであるとした審決の判断に誤りはない。

(4)  取消事由4(進歩性の判断の誤り)について

一般に、給水タンクを着脱自在に設けたスチームアイロンにおいて、給水タンクから気化室に水を導く通水路をアイロン本体に形成することは、例えば、前掲乙第1号証、乙第4号証(昭和59年特許出願公開第101198号公報)等に記載されたスチームアイロンのアイロン本体に形成された、給水タンクから気化室に水を導く通水路にみるごとく、給水タンクを着脱自在に設けたスチームアイロンの技術分野において設計上の技術常識である。

すなわち、乙第1号証には、前記(2)のような「スチームアイロン」が図面とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンの具体的構造として、把手5内空間に装置されボイラー10と気化室3を連通した管12、すなわち、アイロン本体に形成された、給水タンクから気化室に水を導く通水路が示されている。また、同号証には、タンク6の水を逆止弁7を介して一種の熱ポンプとして作用するボイラー10に通す連結パッキン11が示されており、この連結パッキンがポンプに連結状態で水路を形成してタンクからの水を通すためのものである以上、その機能は本願発明のポンプに水を通すための通水路と全く同じであることは明らかであり、すなわち、アイロン本体に形成された通水路が示されている。

さらに、乙第4号証には、「スチームアイロン」が図面(別紙図面6参照)とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンの具体的構造として、アイロン本体に設けられアイロン本体のベースの蒸発室に臨む滴下ノズルを有した導水体12、すなわち、アイロン本体に形成された、給水タンクから気化室に水を導く通水路が示されている。原告が指摘するような電動ポンプの有無は、通水路をアイロン本体に形成することが周知の技術常識であるか否かの認定には直接的には関係がないものである。

したがって、このような技術常識を根拠として、通水路をアイロン本体に形成することには格別の創意工夫は見いだせないとした審決の判断は正当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(願書並びに同添付の明細書及び図面、以下「当初明細書」という。)、甲第9号証(平成4年9月11日付け手続補正書、以下「手続補正書(1)」という。)、甲第10号証(平成5年4月12日付け手続補正書、以下「手続補正書(2)」という。)、甲第11号証(昭和60年6月24日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、スチームアイロンの改良に関する。(「当初明細書」2頁6行)

(2)  従来、スチームアイロンでのスチームの発生は、給水タンクの底部にノズル孔を設け、このノズル孔から水を自然落下させてヒータが設けられた発熱ベース(アイロンベース)の気化室に供給してスチームを発生させていたので、水量の制御が行われておらず、また水量制御を実施することは困難であった。このため、ノズル孔のバラツキ等により自然落下水量が変わり、スチーム量のバラツキが大きかった。また、水量制御ができず、給水タンクから供給される水量が一定となれば、発熱ベースが高温状熊でしかスチームを使用できず、低温状態ではスチームを使用しないか、あるいは、あて布をあててスチームを使用するしかなかった。(同2頁8行ないし3頁2行)

(3)  本願発明は、上記実情に基づいてなされたもので、気化室に供給する水量を制御して適正量のスチームを安定して発生し得るスチームアイロンの提供を目的とし、要旨記載の構成(手続補正書(2)、特許請求の範囲1頁)を採用した。(当初明細書3頁4行ないし7行、手続補正書(1)2頁3、4行、手続補正書(2)2頁3行ないし5行)

(4)  本願発明によれば、給水タンクから気化室への水量を、一定水量の送水を行う電動ポンプを設けて供給する、また給水タンクから気化室への水量を一定水量の送水を行う電動ポンプにより供給し、この電動ポンプの供給電源の周波数をヒータの発熱温度調整器の調整温度に応じて可変するので、気化室に供給する水量を制御して適正量のスチームを安定して発生することができ、しかもコンパクト化を図ることができるスチームアイロンを提供することができる。(当初明細書7頁17行ないし8頁5行、手続補正書(2)3頁14行ないし19行)

2  次に、原告主張の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(引用例記載の技術内容の誤認)について引用例には、ベースを有するアイロン本体と、このアイロン本体とは別体に設けた水タンクと、前記ベースに形成した気化室と、この気化室へ前記水タンクから水を供給する給水装置と、この給水装置の給水量を加減する制御装置とを備えたスチームアイロンが別紙図面2とともに記載されており、ここで、このスチームアイロンにおける給水装置21は、水タンク11の水を給水管20を通して気化室16に供給する電磁ポンプよりなることが記載されていることは、当事者間に争いがない。

原告は、上記記載の電磁ポンプについて、審決が「プランジャを上下に移動制御するソレノイドを有しているものと解釈される。」とした認定を誤りであると主張するので、これについて検討する。

成立に争いのない甲第3号証(昭和59年特許出願公開第177100号公報)によれば、引用例は、名称を「スチームアイロン装置」とする発明であり、その明細書には、「11はアイロン本体12とは別体に設けた水タンクでアイロン置台13の上面端部に設けてある。」(2頁左上欄10行ないし12行)、「21は水タンク11の水を供給管20を通して気化室16に供給する電磁ポンプあるいはモーターを利用したポンプ等よりなる給水装置、」(2頁左上欄19行ないし右上欄2行)、「例えば給水装置21が電磁ポンプである場合にはシリンダの往復回数を変化させ、モーターを利用したポンプである場合にはモーターの回転数を変化させることにより給水装置21の給水量を加減するものである。」(2頁右上欄4行ないし9行)、「水タンク11内の水は給水装置21により給水管20を通ってアイロン本体12の気化室16に送られる。」(2頁右上欄13行ないし15行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、引用例記載の発明のスチームアイロンは、電磁ポンプを有し、それによって水タンクの水をアイロン本体の気化室に送る構成を備えているものと認められる。

そして、成立に争いのない甲第4号証(昭和39年実用新案出願公告第18306号公報)、甲第5号証(昭和42年実用新案出願公告第7827号公報)、甲第6号証(昭和51年実用新案出願公開第13005号公報)の記載からみて、電磁ポンプとは、一般にソレノイドを流れる電流のオンまたはオフによって、電磁石を励磁または消磁し、それによってプランジャを吸引または解放して、プランジャをポンプ室に向けて往復移動させる構成を有するものと認められる。

このような電磁ポンプの場合、その構成からみて、プランジャの進行方向については特に制約があるわけではなく、電磁ポンプの設置方向に応じて上下左右を問わず、いずれの方向においても動作可能であると解される。

審決が、引用例記載の電磁ポンプは、プランジャを上下に移動制御するソレノイドを有しているものと解釈されると認定したのは、このように、電磁ポンプのプランジャは、本来上下左右いずれの方向にも移動可能であって、その移動方向は単に電磁ポンプの設置方向に応じて決まると解されるうえ、引用例記載の電磁ポンプについても、特にその方向が規定されているわけではないから、ソレノイドが上下に移動するような仕方で設置されることも技術常識上当然あり得るとしたことによるものと解することができる。

してみれば、引用例にはプランジャについて直接の記載は認められないものの、引用例記載の発明の出願当時の技術水準に照らすと、引用例記載の電磁ポンプがプランジャを上下に移動制御するソレノイドを有していると解釈できるから、審決の前記認定に誤りがあるということはできない。

なお、原告は、本願発明においては、ベースからの熱的影響を極力防止して、電動ポンプが常に安定して動作し、適正量のスチームを安定させて発生することができるようにするために、プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置しているのであるが、引用例や甲第4号証ないし甲第6号証にはそのような記載も示唆もない旨主張するが、具体的な構造の把握は、このような記載や示唆がないからといって、できないわけではないから、この主張は、失当である。

また、原告は、甲第4号証、甲第5号証記載のプランジャは上下方向に移動するが、甲第6号証記載のプランジャは左右方向に移動するものであると主張するが、甲号各証に図面で示されたプランジャの移動方向は、それによってプランジャの実際の移動方向を規定するものでないことは、その記載全体からみて明らかであるから、この点についての原告の主張も、失当である。

(2)  取消事由2(周知事項の認定の誤り)について

原告は、審決が「アイロン本体内に収納され、前記給水タンクの水を導く通水路の水を前記気化室に一定水量送水するポンプとからなるスチームアイロンは、本出願前、周知である」と認定し、その根拠として、甲第7号証、甲第8号証を例示したが、同号各証記載のポンプはアイロン本体内に収納されておらず、審決の周知事項の認定は誤りであると主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第7号証(昭和57年特許出願公開第131500号公報)によれば、同号証記載の発明は、名称を「スチームアイロン」とするものであって、その特許請求の範囲には、「水タンクの底部に逆止弁を介して取り付けられるボイラーと、」(1頁左下欄7行、8行)と、その発明の詳細な説明には、「本発明は水タンクを着脱可能にしたスチームアイロンに関するものである。」(同欄16行、17行)、「本発明は逆止弁(9)とボイラー(5)によるいわゆる気泡ポンプによつて水を一旦水面上に押し上げてから気化室(3)へ滴下する構造であるため、」(2頁左下欄欄1行ないし3行)と記載されていることが認められ、同じく甲第8号証(昭和57年特許出願公開第131499号公報)によれば、同号証記載の発明は、名称を「スチームアイロン」とするものであって、その特許請求の範囲には、同じく「水タンクの底部に逆止弁を介して取り付けられるボイラーと、」(1頁左下欄7行、8行)と、その発明の詳細な説明には、「本発明は水タンクを着脱可能にしたスチームアイロンに関するものである。」(同欄15行、16行)、「本発明は、逆止弁(9)とボイラー(5)によるいわゆる気泡ポンプによつて水を一旦水面上に押し上げてから気化室(3)へ滴下する構造であるため、」(2頁左下欄4行ないし6行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、甲第7号証、甲第8号証に記載されたいわゆる気泡ポンプは、いずれも給水タンクの底面に取り付けたものであることは明らかであり、かつ、その給水タンクはいずれもアイロン本体に着脱自在のものであるから、ポンプをアイロン本体に収納したものとは明らかに相違するというべきである。そうすると、審決が、前示周知事項を示すものとして、甲第7号証、甲第8号証を例示したことは誤りであるといわざるを得ない。

しかしながら、成立に争いのない乙第1号証(昭和57年特許出願公開第64100号公報)によれば、乙第1号証記載の発明は、名称を「スチームアイロン」とするものであって、その特許請求の範囲には、「気化室を有するベースとこのベース上に取付けたタンクと、前記気化室で生成したスチームを前記ベースのかけ面のスチーム孔に導くスチーム通路を備えたものにおいて、前記ベース上にボイラーを取付け、このボイラーと前記タンクとを逆止弁を介して連接し、前記ボイラーと気化室間を管で接続し、この管はその途中を前記ベースより上方に位置させてなるスチームアイロン。」(1頁左下欄5行ないし13行)と記載されており、その図面(別紙図面3参照)には、そのスチームアイロンの具体的構造として、ベース1上に着脱自在なタンク6、ベース蓋9上に密接して取り付けたボイラー10、把手5内空間に装置されボイラー10と気化室3を連通した管12等が示れ、発明の詳細な説明には、「10はベース蓋9上に密接して取付けたボイラー」(2頁左上欄3行、4行)、「このようにしてボイラー10は一種の熱ポンプとして作用し、水を送出管12aに送り出すことで負圧になればタンク10(タンク6の誤記と認められる。)から水が落ち、順次この動作を連続して気化室3へ安定して給水される。」(2頁右上欄5行ないし9行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、乙第1号証に記載されたボイラーすなわち熱ポンプは、アイロンのベース蓋上に取り付けられており、すなわち、アイロン本体に収納されているとみるべきである。

そして、乙第1号証は、本出願の約2年半前に公開されたものであり、スチームアイロンはごくありふれた家電製品であるし、ボイラーすなわち熱ポンプがアイロン本体に収納されていることは、乙第1号証の特許公開公報をみれば直ちに理解できる程度の技術事項であると認められるから、この点は既に当業者に周知であったと認めることができるというべきである。

そうすると、審決が甲第7号証、甲第8号証に基づいて前示周知事項を認定したことは誤りであるというべきであるが、前示のように、これを周知事項であると認定したこと自体に誤りがあるということはできない。

原告は、本訴において新たに提出された乙第1号証で周知というのであれば、審決における甲第7号証、甲第8号証による周知事項の認定は誤りであったといわざるを得ず、審決に取消事由が存することは明瞭である旨主張する。

しかしながら、審決の理由の要点によれば、審決は、「ベースを有するアイロン本体と、このアイロン本体に着脱自在に設けられた給水タンクと、前記ベースに形成された気化室と、前記アイロン本体内に収納され、前記給水タンクの水を導く通水路の水を気化室に一定水量送水するポンプとからなるスチームアイロンは本出願前周知である」と認定し、上記技術的事項が周知であることの例示として甲第7号証、甲第8号証を挙げたものであるところ、審決が認定した当業者にとって周知の事項について、審決取消訴訟の段階で、これを立証するため、補充的に新たな周知文献を提出し、あるいは審決で例示した周知例に代えて、新たな周知文献を提出することを許されないとする根拠は存しないから、原告の前記主張は理由がない。

(3)  取消事由3(進歩性の判断の誤り)について

原告は、審決が、「プランジャを気化室に向けて上下に移動制御するソレノイドをベースから離間して設置することは、熱的影響を考慮して、本出願前に当業者が容易になし得た程度のこと」であると判断したことにつき、誤りであると主張する。

前示(1)認定のように、引用例記載のスチームアイロンにおいて、給水タンクの水をアイロン本体に設けた気化室に送水する電磁ポンプが記載されており、この電磁ポンプは、プランジャを往復移動制御するソレノイドを有していると解されるものである。

他方、前示(2)認定のように、給水タンクの水を気化室へ送るポンプをアイロン本体内に収納することも、一般によく知られていたと解されるものである。

そうすると、本願発明が引用例記載の電磁ポンプ(本願発明の電動ポンプに相当する。)をアイロン本体内に収納した構成を採用した点に技術的困難があるということはできない。

そして、ソレノイドを含む電気的制御装置が熱的影響を受け易いことは、通常の科学的知識を有するものであれば一般に理解し得る技術常識といえるものであるから、電動ポンプをスチームアイロンに収納するにあたり、そのソレノイドをアイロンのベースから離間して配置することは、アイロンベースが加熱されるものである以上、当業者が採るべき当然の措置にすぎないものと認められる。

したがって、審決がその点を当業者が容易になし得る程度のことと判断したのは、正当である。

なお、原告は、乙第2号証、乙第3号証記載のスチームアイロンでは、いずれも熱的影響の排除を意図していないから、この乙号各証の記載を根拠に、一般に熱的影響を受け易い電気的制御機構を加熱機構から隔離して設置することは普通に知られているとする被告の主張は、誤りであり、また、本訴において新たに乙号各証を提出し周知事項を認定することはできない旨主張する。

しかしながら、この点は、前示のように、いわば技術常識であるから、前示乙号各証にそのような意図が記載されていないとしても、熱的影響を避けるべき必要のある部品等は、当然アイロンベースから隔離して配置されているとみるのが相当であり、また、審決認定の周知事項立証のために、新たな周知文献を提出できることは前示(2)のとおりであるから、原告の主張を採用することはできない。

(4)  取消事由4(進歩性の判断の誤り)について

<1> 原告は、審決が、「周知のアイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路を、本願発明のようにアイロン本体に形成することには、格別の創意工夫は見いだせない。」と判断したことにつき、誤りであると主張する。

通水路は、給水タンクから水が給水される部分まで形成されるのであるから、給水タンクをアイロン本体に装着してポンプまで水を送ろうとする場合、アイロン本体内にポンプがあるのであれば、通水路がアイロン本体内に形成されることは、むしろ当然であり、このことは、後述する乙第1号証及び乙第4号証記載の発明におけるスチームアイロンが有する構成からも明らかである。

したがって、審決が上記のように判断したことに、何ら誤りはない。

<2> 原告は、乙第1号証記載の発明におけるスチームアイロンには、給水タンクと気化室とを連通する通水路がなく、本願発明とは構造が相違する旨主張する。

しかしながら、前示(2)認定のように、乙第1号証記載のスチームアイロンにおいては、「ボイラー10は一種の熱ポンプとして作用し、」と記載され、ボイラーはアイロン本体のベース蓋上に取り付けられ、かつ、ボイラーにタンクの逆止弁と連続する連結パッキン11が設けられているのであるから、水はタンクの逆止弁、連結パッキンを通ってボイラーに流入することは明らかである。このように、アイロン本体側の連結パッキンを通って水が流れる以上、そこに通水路が形成されているとみても、誤りであるとはいえない。

<3> また、原告は、乙第4号証記載の発明におけるスチームアイロンは、電動ポンプを有しないから、本願発明のように電動ポンプにおける水量制御の困難性の改善を達成するものではなく、その前提となる基本的構成が相違する旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第4号証(昭和59年特許出願公開第101198号公報)によれば、乙第4号証記載の発明は、名称を「スチームアイロン」とするものであり、その特許請求の範囲には、「アイロン本体およびこの本体に着脱自在に設けられる水タンクと、上記水タンクの底部に設けられた通水口およびその通水口を常閉する弁機構と、上記アイロン本体に設けられアイロン本体のベースの蒸発室に臨む滴下ノズルを有した導水体と、この導水体に設けられ上記水タンクの通水口に接離自在に接続してその通水口を導水体内に連通させる接続部と、上記水タンクの常閉の弁機構をその水タンクのアイロン本体に対する接着に応じて開放して保持する開放体と、上記アイロン本体に設けられた上記滴下ノズルの開閉用の操作体とを具備したことを特徴とするスチームアイロン」(1頁左下欄5行ないし17行)と記載され、その発明の実施例には、「図中1はアイロン本体、2は水タンクで、この水タンクが第2図においてアイロン本体1の前端部に着脱自在に取付けられている。アイロン本体1は、ベース3の上面をカバー4で覆い、このカバー4の上面に遮熱板5を設け、さらにこの遮熱板5の上面にハンドル6を取付けてなる。ベース3にはヒータ7が鋳込まれているとともに、上面に蒸発室8が形成され、この蒸発室8が複数の案内室9…に連通し、各案内室9…がそれぞれ噴出孔10…を介してベース1(3の誤記と認められる。)の下面側に連通している。蒸発室8および各案内室9…の上面は蓋体11により気密的に閉塞され、この蓋体11の上方側に導水体12が設けられている。水タンク2は合成樹脂により形成され、その底部に通水口13および弁機構14が設けられている。」(2頁右上欄19行ないし左下欄15行)、「開閉杆29が上昇して滴下ノズル28が開放される。この開放により導水体12内の水が滴下ノズル28を通して蒸発室8内に滴下し、ベース3の熱で気化してスチームとなり、このスチームが各案内室9…から各噴出孔10…を経て順次ベース3の下面側に噴出する。」(3頁左下欄4行ないし9行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、乙第4号証記載の発明のスチームアイロンにも、アイロン本体内に水タンクの水を蒸発室(気化室)に導く通水路が形成されていると認められる。

ところで、本願発明における通水路と電動ポンプの関係を本願発明の要旨である特許請求の範囲の記載についてみると、「アイロン本体内に収納され、給水タンクの水を導く通水路の水を気化室に一定水量送水する電動ポンプ」と記載されていることが認められ、この記載は、アイロン本体内に収納された電動ポンプが通水路の水を送水することを規定するにとどまるから、この記載からは、電動ポンプがアイロン本体内に収納されているので、通水路もアイロン本体内に形成されているという一応の関係は認められるにしても、それ以上に格別の関係を認めることはできない。また、本願発明の目的が水量制御の困難性を改善することにあるにしても、そのことと、通水路をアイロン本体内に形成したこととは何ら関係のないことは明らかである。

要するに、乙第4号証記載の発明の通水路も本願発明の通水路も、タンクの水をアイロン本体内の目的の位置まで送る点で何ら変わりはないのであるから、単に同号証記載の発明が電動ポンプを有していないことを理由に、通水路がアイロン本体に形成されていることにつき、同号証記載の発明と本願発明とは、その前提となる基本的構成が相違して、その技術の適用が困難であるとする考えは、採用することができない。

この点についても、原告は、本訴において新たに乙第1号証及び乙第4号証を提出し、これらの記載に基づいて周知事項を主張するのは妥当性を欠く旨主張するが、審決の理由の要点によれば、審決は、「アイロンのコンパクト化を図ることは、その使い勝手をみながら当業者が設計上当然に配慮すべきことであるから、前記周知のアイロン本体に給水タンクを着脱自在に設けたアイロンにおける通水路を、アイロン本体に形成することには、格別の創意工夫は見いだせない」と判断しているのであって、周知のアイロンの構成からみて設計上当然に配慮すべきものであることを立証するために、新たに周知文献である乙第1号証及び乙第4号証を提出することは、何ら妨げないというべきであって、原告の主張は採用できない。

<4> そして、本願明細書には、本願発明の奏する作用効果として、気化室に供給する水量を制御して適正量のスチームを安定して発生することができ、しかもコンパクト化を図ることができるスチームアイロンを提出することができると記載されていることは前示1(4)認定のとおりであるが、このような作用効果は、引用例記載の発明に審決認定の周知の技術的事項を適用することにより、当業者において容易に予測できた範囲のものにすぎないから、これをもって格別の作用効果とすることはできない。

3  そうすると、原告の主張する審決の取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

<省略>

1……アイロン本体、2……給水タンク、4……弁、5……通水路、6……発熱ベース、7……ヒータ、8……気化室、9……スチーム孔、10……ダイヤフラムボンプ、11……ソレノイド、12……プランジャ、13……ダイヤフラム、20……ヒータ発熱温度調整用ダイヤル、21……周波数可変駆動回路。

別紙図面2

<省略>

11……水タンク、12……アイロン本体、14……ベース、16……気化室、21……給水装置、23……制御装置。

別紙図面3

<省略>

1……ベース、3……気化室、6……タンク、7……逆止弁、10……ボイラー、12……管、12a……送出管、12b……滴下管、13……溜り部

別紙図面4

<省略>

1…ベース、2…ヒーター、3…気化室4…噴出孔、5…ベースカバー、6…タンク、7…小管、8…大管、9…孔、10…孔、11…弁体、12…弁部、13…外部、14…段部、15…オリフイス、16…スプリング、17…穴、18…注水口、19…ハンドル、20…弁軸、21…弁、22…スプリング、23…バネ、24…、25…段部、26…段部、27…スイツチ、28…気ボンブ、29…バイブ、30…カバー、31…ツマミ、32、33…バイロツトブン

別紙図面5

<省略>

1…アイロンベース、3…気化室、4…とータ、9…水タンク、10…ノズル、11…ニードル弁、15…ソレノイド、

別紙図面6

<省略>

1…ブイロン本体、2…水タンク、3…ベース、8…蒸発室、12…導水体、13…通水口、14…弁機構、17…弁体、26…接続部、27…開放体、28…滴下ノズル、35、35a…操作体。

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